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ハンドメイドアクセサリー

手作りって楽しいnote
 
 
新しい趣味「ハンドメイドアクセサリー」
パキスタンで買ったルビーとエメラルドのネックレス、安かったけど作りが悪いdown
 
008
 
糸は切れそうで隙間あき過ぎ、留め金も気に入らないので自分で作り直してみました。
 
まずは道具が必要punch
浅草橋のアクセサリーパーツショップでニッパ、平やっとこ、丸やっとこのセット、金具等のパーツと水晶を購入
浅草橋にはパワーストーン、ビーズ、真珠、アクセサリーパーツ屋さんが沢山あるから見てるだけも楽しくなるnote
 
007   
百円ショップで見つけたウッドトレイに別珍を貼って、作業用トレイを作成scissors
 
011  
作業用に寄木作りのペンケースも使っちゃおう 細かい部品が行方不明にならないようにしなきゃね
 
009   
まずは、基本をピアスキットと冊子で学習
 
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ナイロンコートワイヤーに石を通し直して、少し短くしてU字カンで始末しアジャスター付きのカニカンに留め金を交換、残ったルビーと水晶を組み合わせてピアスも作成 良い出来じゃん~note
エメラルドは石の穴が細くて、U字カンで留められないので、つぶし玉とボールチップで始末しました。
 
017
 
自分で作ると、格安で好みのデザインで作れるってことに気が付いたわhappy01
 
次はチョゴルンマで拾ってきた石を磨いてペンダントヘッドでも作ろうかな~ワクワクheart02
 

パキスタンあるある!

パキスタンを旅して、色んなあるある見つけました。

 
☆ パキスタンの車事情
 
info01パキスタンでは、乗り合いタクシーのことを「スズキ」と呼ぶ
スズキの軽トラックに装飾したフードを付け、荷台に椅子を設置しています。
屋根の上や、後ろに捕まって乗っている人は無料で、椅子に座っている人だけ料金を払うと聞きました。
 
info01走ってきる車95%が日本車 
トヨタ・ホンダ・日産・スズキ・日野 車に関しては違和感無し
 
013
 
info01バイクはHONDAが一番人気
70ccクラスのバイクに親子と子供で4人乗りなんてのもあり
まがい物にHONDAのエンブレム付けてるのも多いらしい
 
info01交通ルールはあるのか?
一方通行を逆走したり、片側4車線の道を平気で横断する人達、横ぎりぎりを走る抜ける車、クラクションの嵐、怖くてこんな街運転できないよ~
 
info01カラフル過ぎるデコトラ 
原色カラーとカラフルな模様、花、鳥(孔雀・鳩等)、風景、目
 
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下写真 赤丸:チェーンの先に小さな鈴が付いている
      青丸:でっかいフリンジ
 
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イスラマバード郊外に市場があり、デコトラが集まって来る。
牛専用は日本でも見かけるが、鶏専用トラックがあった。
見るからに積載量をオーバーしたトラックは強風が吹けば横倒しになりそう
飾りを外して軽くした方が燃費も良くなるのにねぇ~
 
 
☆ トイレ
 
パキスタン、イスラム圏はトイレの後は紙で拭かずに水で洗います。
空港や高級ホテル等の綺麗なトイレには洗浄用シャワーが付いてます。
写真はアブダビ空港のトイレ 
 
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シャワーが無いトイレにはお尻を洗うためのジョウロのような桶と蛇口があります。
その洗浄ジョウロを右手に持って、先かから水を出しながら左手でピチャピチャとお尻を洗うのです。
 チャレンジしました。なかよい感じに洗えます。手動ウォシュレットってところでしょうか!但し冬場の冷たい水だと飛び上がるかも・・・・
 水道設備はかなり遅れているので、洗浄シャワーはあるが水が出ないなんてことは当たり前、最初からシャワーが無いトイレでは、洗浄はジョウロで、用をたしたあとは手桶で大きな桶から便器に何回も水を流す作業をしなくてはなりません。
 和便器から金隠しを取った形のトイレは、一見穴の開いた方が前なのか後ろなのか解らない、穴の開いた方が後ろにしてしゃがむように微妙に足を置くところに傾斜が付いている。 
 パキスタンの人々は、洗浄した後、紙は使わないでそのまま服を着るのだそうです。乾燥気候とあの民族衣装だからできる技でしょう。それから男性も大小とも座って用をたします。
 
 
☆男と女
 
イスラム教徒の女性は身体を人目にさらしてはいけないので、シャルワールを着てスカーフを巻く。私達も街を歩き時は長袖長ズボンと着用しなくてはならない。
手足を露出して歩いて襲われても文句は言えないらしい
「郷に入れば郷に従え」なのだ。
 
また、女性は女性だけで集まりお話し、夜外出することは無い。
男性は陽が沈み涼しくなると、集まってきておしゃべりをする。とにかくおしゃべりが好きな民族のようだ。男女混ざり合ってお話することは無く、奥さんと旦那以外の人が旦那が居ない時に話なんかしたら大ごとになるらしい
 
 
☆言葉 母国語はウルドゥ―語
 
ウルドゥー語は左から右に書いて、右から左へ読みます。
何とも不思議、書く作業に関しては相当頭使うよね!
 
「アッサラーム、アレイクム」おはよう・こんにちは・こんばんは、全て同じ 
「アレイクム、アッサラーム」返事は前後の単語後が逆になるよ 
「サラーム」女性に対しての挨拶
「アッチャ」 相づち、はい、そう、よし、わかった、とか
「アッチャー」と最後を伸ばすと、残念だね、とか、そうだったのか~になる
会話を聞いていると、「アチャ」「アチャー」は頻繁にでてくるよ。
「シュックリア」 ありがとう
地方へ行くとバルディ語になり、「シュックリア」は通じなく「バッシス」になります。 
お湯のことを「ショウチュウ」、水を「チュウ」 
少ししか覚えられなかったけど、その国の言葉を使うと相手が笑顔になるわねhappy01 
 
 
パキスタンならではの文化や習慣を記しました。
もし貴方が、パキスタンを旅するなら参考にしてください。 
 

赤城・荒山トレッキング

日本の山は癒されるわ~heart01

 
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2015年6月13日 
赤城姫百合P~荒山高原~荒山~前浅間~軽井沢峠~銚子の伽藍(ピストン)
 
パキスタンから帰国して、ブログアップと仕事に追われる日々
日本の山行きたいなぁ~と思ってたところにお誘い、やったー即OKgood
 
緑に覆われた山は目に優しい、ツツジの花が残っているかしらnote
ハルゼミ、ツクツクボウシが鳴いてます。
 
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荒山高原から荒山へ向かうと、レンゲツツジがポツポツ出てきました。
山頂のレンゲツツジは満開、サラサドウダン、ベニサラサドウダンは盛りが過ぎてました。
スイカを食べてひと休み
 
A2  
遠望は霞んでます。
 
A3   
荒山から北東斜面急登を下り、破線の道で前浅間山へ
すると白い可愛い花が群生していました。何て名前の花かしら?
 
A4    
赤城山なのに 前浅間山・軽井沢峠 sign02 面白いね
 
A5  
軽井沢峠から暫し車道を歩き、牛石を経て銚子の伽藍へ
ヒメシャガが咲きトレッカーは私達だけ、静かな山歩きです。
 
A6  
銚子の伽藍でランチ、沢の音を聞くと沢登に行きたくなります。
 
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崖っぷちテラスから 迫り来るような崖迫力あります。 
 
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荒山を巻いて姫百合Pに戻りました。
高低差:548m 活動距離:9.87m 行動時間5:40 
 
A8 
「天然温泉のばんどう湯」で汗を流し帰路につきました。
 
パキスタン人は日本の山を丘と言います。
丘と言われようが低かろうが、日本の山は緑がいっぱい花いっぱいで大好きです。 
夏の高山お花畑に行かなきゃねhappy01
 

パキスタン「チョゴルンマ氷河」への旅 その1

「チョゴルンマ氷河」は遠いわ~

 
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2015年5月18日20:20 成田発 ETIHAD航空(アラブ首長国連邦国営)
当初パキスタン航空の予定だったが、帰国時「北京~成田」座席が取れず変更
パキスタン航空ならイスラマバードまで11時間、ETIHAD航空だとアブダビまで12時間、トランジットで11時間半待ち、アブダビ~イスラマバード3時間半、合計27時間、とにかく長い
航空機はお金持ち(石油産出国)とあって、機内食、サービス、座席とも悪くない。
アブダビ空港は砂漠の中に広がる大きな空港です。
 
写真上:バナナ型建物が管制塔らしい
写真下:暫く日本食が食べられないので日本食をチョイス
 
A1
 
 
5月19日イスラマバード19:35着 
出国審査を何事もなく通過し空港出口辺りでアーミーからパスポートの提示を求められる。何で私だけsign02スパイにでも見ええたのかimpact まさか~
パキスタンは軍事国家、空港では写真はNG。外に出ると銃を持った兵士があちこちにいる。
イスラム教の国だからこの時間に女性の姿は無い、異様な雰囲気でした。
 
エージェントの迎車で宿へ、今宵の宿はゲストハウス、無認可の宿泊施設で高い塀に囲まれ塀の上には有刺鉄線が張られている。門扉はスチール製で中は見えなく、クラクションを鳴らすと中から門番がカンヌキを開けてくれる。何とも物々しいsign01
夕食を食べ、シャワーを浴びて就寝sleepy
 
5月20日朝食後、街へ出かけました。
 
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ドルをルピーに両替し、バザールで民族衣装サルワーズ・カミーズを購入し着用
上着・ボトム・スカーフ2枚で1500ルピー、日本円で1500円くらい 安いup
生地は薄いコットン、ゆったりしていて涼しく着心地抜群、気分はすっかりパキスタン~ note
 
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宿へ戻る途中、露天果物屋に寄り道、森隊長はマンゴーが大好物なんだってhappy01
 
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5月21日 スカルドへ向かう飛行機は今日も明日も天候不良で飛ばない、飛ぶのを何日も待っていられないので、飛行機で1時間のところを陸路で1泊2日かけて行くことになった。
早朝、敏腕ドライバーとガイドが迎えに来た。国内を移動するだけだが、至る所にポリスチェックがありガイドが乗車していないと面倒なのだそうです。
 
トヨタセダンマニアル車に乗り込み「カラコラムハイウェー」をひた走る。
「ハイウェー」と言っても舗装は中途半端、大きな穴が空いていたり、石がゴロゴロ転がっていたり、インダス川沿いの斜面を削りガードレールも土留めもない、何時土砂崩れに遭ってもおかしくない、積載量をかなりオーバーしたデコトラが埃を舞い上げ走るそんなデインジャラスな道だ。
敏腕ドライバーは、クラクションを鳴らしながらデコトラをグングン追い抜いていく。
車体感覚素晴らしく、擦るのではないかと思われるほど近くをすり抜け、こんな道を時速70kmで飛ばすのだから信じられないsweat01
 
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小さな村をいくつも通り過ぎ、朝食と昼食を途中の食堂で食べました。
 
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ランチを食べた食堂の窓から見えた、インダス川の灰色の激流と夾竹桃に似た花
 
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12時間程走り続けやっと宿に着いた。国営のホテル「CHANGRILA HOTEL]
本日最後の検問所で初めて建物の中へ呼ばれ、パスポートを見せ顔写真を撮られた。
そこから一人の兵士が車に乗って来た。後部座席に大の大人が4人座り、兵士は助手席に座りホテルまでついてきました。怪訝に思っていたら我々の護衛をするためだったのです。
ギリギット出身の兵士はとてもフレンドリーで、英語でお話したり一緒に写真を撮ったり、森隊長は銃を持たせてもらい記念撮影までしたのでした。彼はギルギットへ観光に来れば案内すると言ってくれました。
 
A6
 
 
5月22日 スカルドへ
 
車窓から雪を被った山々が見え始めた。相変らずインダス川の流れは激しい。
荒涼とした大地、川沿いに点在する緑と村、道路を歩く牛や羊の群れとすれ違う
 
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「カラコルムハイウェー」はインダス川からギルジット川沿いへと伸びている。
私達は「ギルジット・スカルドロード」へ入りギルジット川に掛かる橋を渡り「スカルド」へ
 
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再びインダス川に沿ってぐるりと車を走らせる。
インダス川の流れが緩やかなになってくると「スカルド」が近い。
 
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敏腕ドライバーのお陰で14時過ぎに「K2ホテル」到着。
今回お世話になる、イスラマバードのエージェントChangaziさんの長男Zaminさんと対面
 
「K2ホテル」はご存知世界第二位の山「K2」の名前から由来し。登山家が集まるホテルで情報交換の場にもなっています。ですが、ISテロのせいで登山者は激減していて、全盛期の2割という少なさで、ヒマラヤトレッキングエージェンシーは青色吐息、この辺りはテロとは無縁な土地、風評被害に苦しんでいるのだとか。
 
テラスからの景色は素晴らしくお庭に咲く満開のバラと山々
 
016
 
緩やかに流れるガンジス川、ヒマラヤ山脈、そして鳥のさえずり、時を忘れてしまいます。
 
 
テラスで一休みしていると、イスラマバードから来た旅行者の若い女性が話しかけてきました。彼女達は総勢30人の大家族で2週間避暑に来ているそうで、チャイをご馳走になりました。
片言の英語でコミュニケーションをとり、写真を撮りっこしたりして国際交流をしました。
パキスタン人は、女性同士、男性同士で集まっておしゃべりをします、男女一緒には殆どありえないようです。
 
夕方、Zaminさんと、バザールへ買い物をし夕食を食べに行きました。
 
A8
 
 
23日 高度順応のため「デオサイ高原」へ行く前にスカルドの女学校を訪問
 
この学校の創立に当たって森隊長が関わっており、訪問することになったのです。校長室に通され暫くすると、女学生達が入ってきました。この地域で学校へ通うということは大変なことで、貧乏な家に生まれると、学校に通えず文字を読むことも書くこともできない大人になってしまいます。この学校に通う子供達は経済的に恵まれた家庭の子です。将来の夢を聞くと、学校の先生、科学者、プログラマー等でした。
 
記念写真を撮り校内を案内してもらうと、庭のあちこちにスナック菓子や飴の袋が落ちていて汚い、この国の人はゴミをゴミ箱に入れる習慣が無く、どこにでもポイポイ捨ててしまうようです。ゴミが汚いと指摘すると急に皆でゴミ拾いが始まり、NPO法人ヒマラヤグリーンクラブで贈ったドラム缶のようなゴミ箱を急に設置始めました。おいおい泥縄じゃないのsign03
そんな彼女達はMIEさんのネイルに興味津々、周りを囲んで質問攻め、それを見ていた森隊長、後続の登山隊に持って来てもらいプレゼントすると宣言。
 
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学校を後にして、ドライバーEmermのトヨタ4駆車で「スカルド」標高2300m 鳥海山と同じ高さの街から「デオサイ高原」4000mへ移動、スカルドの水源である「サッドパーラ湖」を右手に見て、またまた片側切れ落ち、落石がいっぱいある道を走る。
 
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途中にバラの原種である「ヒマラヤローズ」が咲いていました。 
 
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土砂崩れで3800m位で車両ストップ、その先も残雪が多く危険と判断
最終地点で30分程ウロウロして高度順応することになりました。
 
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街に戻りMASHABRUM Hotelでランチ
 
黄色いスパゲティーみたいな物が出てきました。黄色いけどカレー味でなく辛くもない、それにケチャプを掛ると「ナポリタン」になったの。カレー以外の味が新鮮に感じました。ちなみにパキスタンのケチャップは森隊長お奨めの一品、日本のそれとは違いフルーティー、めったにケチャップを使わない私が、この先のお食事には欠かせないアイテムとなったのです。
写真右はグラタンみたいなのはチキンカレー
 
A12
 
5月~6月は午後になると「砂嵐」がやってきます。
西の方からきめ細かい砂が強風にあおられて街を包み込むのです。
 
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バザールではハンカチで口を押さえていないと口の中がザラザラになってしまいます。
牛や羊は自分勝手に歩き回り、屋台から果物や野菜を食べようとして、人から追っ払われていました。
 
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買い物をすませてホテルに戻りシャワーを浴び読書などして暫しくつろいで、
夕食はZamin一家のお招きで、Shigar Hotelへ。
 
このホテルは昔の皇帝が住んていた建物で、改装してホテルとなっています。見学させていただきました。トイレやシャワールームは最新の設備が取り入れられ、庭には樹齢400年のスズカケの木や庭園の池に東屋があり、まるで小さなお城です。この国にしてはかなりクオリティーが高いホテルだと感じました。
 
お食事は、お決まりのチキンカレーとナン、サラダ、玉子スープ どれも美味しかったです。
チキンカレーは青トンガラシたっぷりで、私には辛すぎました。
 
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ホテルに戻り、荷造りして早々に就寝
さ~明日から「チョゴランマ氷河」へ向けて出発です。
 
                                  ・・・・・・・・つづく
 

パキスタン「チョゴルンマ氷河」への旅 その2

思えば遠くへ来たもんだ~note

458    
 
5月24日 スカルド~チュウトロン
 
パーティーメンバーと顔合わせ、コックのHassan、クックボーイのIshaq、この二人は美味しいお料理を作ってガイドをしてくれる頼もしい仲間。Hassanは森さんと20年来のお付き合いで、森さんとは何度も一緒に山へ登っているそうです。
トレッキングに不要な荷物はZaminに預け、Emernの車に乗りこみ出発する。
シガー川沿いの道をひた走る。この道の何が怖いって「橋」が怖い
写真を見てください、壊れそうな木造の吊り橋デインジャラスでしょsign03
 
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スカルド付近の舗装された道はいつかしら無舗装になり、車もと会うこともなく、すれ違うのは牛と羊と山羊、どんどん山奥に入り込んで行きます。
最奥の村「アランドゥ」まで行く予定でしたが、一部土砂崩れで通行できないとかで、温泉がある「チュウトロン」に宿泊となりました。
 
門の向こうが宿泊施設(国営)、右下の建物がモスクと村民のお風呂、4段になっていて一番下は露天、お湯は上の段から順に流れていくので最上位段が温度は高い、女性は上の段に入りお風呂に入りながら洗濯もする。従って下の2段はお湯が石鹸で白く濁っています。
 
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宿泊者のお風呂は、屋根と囲いがありプールのような浴槽がひとつだけ、洗い場も蛇口も無く、源泉掛け流しだが入排水の構造が悪い とは言え、湯温は丁度よく、泉質は柔らかい、1週間ぶりに肩まで浸かれて幸せでした。heart04
 
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お風呂に入ってランチを食べたら、村をひと回り
チュウトロンの子供達はとても人見知り、顔を向けると隠れてしまいます。
それでも、男の子達は10m程後ろを付いてきます。カメラを向けると隠れる、まるで「ダルマさんが転んだ」をしているようでした。女の子は家の中へ入ってしまい、物陰からそっとこちらを見ていました。子供と仲良くなるには「飴ちゃん」が必要です。
 
右上写真:母親と一緒に宿の畑にいた姉妹に飴をあげて写真を撮らせてもらいました。
下写真左上:洗濯物は木に掛けて干す。
 
A18 
5月25日 チュウトロン~アランドゥ
 
車移動ばかりで歩きたくてしょうがない私達は、Zaminさんが来るまでお散歩に出かけました。
村の入り口で、放牧に行くヤギ達とすれ違う、「わ~ガラガラドンがいっぱい」と喜ぶ私up
 
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「アランドゥ」に向かってゆっくり1時間程歩いて戻りました。
 
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雨が少ないパキスタン北部の家は日干し煉瓦を積み上げた壁と平らな屋根
建材は空に向かって真っ直ぐに伸びるポプラと柔軟性がある柳
 
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ランチを食べてグリーンティーを飲んでいるとZaminさんがペプシを持って到着
パキスタン人は「ペプシコーラ」が大好きなのだsign01
「グリーンティー」は日本茶でなく、薄い紅茶にジャスミンの香りがほのかにするお茶で、こちらの人は砂糖を入れて飲みます。お腹がゆるくなった時は特に砂糖を入れて飲むと治まるそうで民間療法だそうです。
 
ジープに食材とトレッキング荷物を積み、コックのHassan、クックボーイのIshaqとチュウトロンのポーターQasamが乗り、私達はEmernの車に乗り込み最奥の村「アランドゥ」へ向いました。
 
車に揺られ、いくつもの小さな村を通りポリスチェックを受けます。
落石注意だらけの道、路肩に最近落ちたであろう一抱えもある石いや岩が転がっているのは当たり前、橋に至っては「車が渡ってホントに大丈夫happy02」と叫びたくなります。
 
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川の向こうの村に掛かった人専用の橋は命を掛けたアスレチィックアトラクション、昨年川に落ちて二人の女性が亡くなたそうです。クワバラクワバラcatface
 
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14時過ぎ車で移動可能な道の終点村「アランドゥ」標高2930mに着きました。
すると、途中の村で会った私服のポリスが制服姿で銃を持ちニコニコ笑って待っていたのです。バイクで先回りして待っていたのでした。奥地のポリスは暇でしょうがないらしいhappy01
 
塀に囲まれた「ゲストハウス」の庭にテントを張り今宵の宿としました。
ゲストハウスにはキッチン、トイレ、10畳程の部屋があり、トレッカーや登山隊、軍が来た時等に利用するそうです。何故部屋に寝ないかって、それはコック達が寝るのとダニがいるからだそうです。
 
村に着くと、村人、子供達がわんさか押し寄せます。ここの子供たちは好奇心旺盛、最初は塀の上から覗いていたけど、そのうち中庭に入ってきました。
 
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始めは男のばかり、暫くすると女の子達も入ってきました。
スカルドで買った飴をあげると、次々に押し寄せてきました。日本から持って来た折り紙で鶴を折ってあげると、次から次と手が伸びてきました。テーブルの近くに来た子供と一緒に風船を折りましたが、子供たちは出来上がった風船や鶴をひったくるように取ったり、私をつんつん突いたり「も~たまらん」annoy
彼らは待つとか、一列に並ぶとか、順番とか知らないようで、早い者勝ちなのです。
学校が無い村の子達は、紙や鉛筆も持ってないし、色の付いた紙は相当珍しいのだそうです。
飴が無くなり、切が無いのでZaminに子供たちを追っ払ってもらい、部屋に逃げ込みました。すると次は具合の悪い村民が薬が欲しいと部屋を訪れ、森隊長は話を聞いて薬を分けてあげました。
 
外から大きな音が聞こえました。出てみると対山の雪崩です。迫力がありました。
そして、夕食までキッチンでお料理を見学したり、本を読んだりして過ごしました。
 
夕食はさっきまで庭を歩いていた鶏のフライドチキン、ひよこ豆のカレー、サラダ、村民が売りに来た鹿の肉でした。鹿の名前がどうしても思い出せないので後ほど調査して追記します。 
 
A26 
陽が落ちる頃、雨が降りだしました。
この時期に雨が降るのは珍しいそうです。
明日は晴れて欲しいと願い眠りにつきました。
                                  ・・・・つづく 
 
 

パキスタン「チョゴルンマ氷河」への旅 その3 トレッキング編

これがチョゴルンマ氷河だ~sign03

 
062  
 
5月26日 アランドゥ~マンビホーラ
 
「Good morning」とコックのHassanがテントにお茶を運んで起こ来てくれました。
トレッキング中は毎朝、morning teaで起こしてくれるのです。
卵焼きとトースト、チャパティ、コーヒーで朝食し、トレッキング準備を整える。
 
ポーターは背負う荷物を決めるのに1時間はもめる。
ポーターひとりが背負う荷物は20kgまでと決められ、荷物は「バネバカリ」で軽量する。
「俺のは重い」「そっちが軽そうだからそっちがいいい」と言い合うらしい
これはパキスタンポーター恒例のことなんだってsign03
 
7:30 ポーターを待たずに三人で出発
彼らの歩きは早いので揉め事に付き合って待っている必要はないのだ。
 
A24 
道は徐々に狭まり、週斜面のトラバースとなった。
人は滑落するであろう斜面をヤギが草を求めて降りていた。さすがガラガラドンsign01
 
A25 
盛り上がった土砂に見えるのが氷河ターミナル(氷河の末端)
雪解けによって山斜面の土砂が流され、氷河の上に載っている。丸く開いた穴奥に白い色が見えます。
 
201 
9:50 アランドゥ最東の村手前で、HassanとIshaqが追いついて来た。
この村でポーターチェンジ、これから先はこの最東の住民に権利があるのだ。
ここで再び、ポーターの荷物でもめるのである。それはHassanに任せて先に行く。
 
204  
薪を運ぶ恥ずかしげに足早にすれ違う少女、薪運びは女性の仕事です。
中には自分の身体より大きい量を運ぶ少女もいました。
 
A27 
急登では、口呼吸をしないように鼻から息を吸い鼻から出す。そしてゆっくり登る。
二人から離されていくけどマイペースで歩く。振り向くと遠くに村が見えました。
 
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10:30 氷河が近くに見えてきたよ
 
209_2 
コマクサの原種を発見、コバイケイソウと同種の花が斜面一面に広がるが花にはまだ早かった。
 
A28  
斜面下は氷河
 
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この木門を潜ると「マンビホーラ」標高3400m富士山8合目と同じ高さだsign01
 
217 
氷河に白いところが見え始めた。
 
219 
13:30 計画ではもう少し先のテン場をだったが、ポーターがなかなか追いついて来ないので、放牧の拠点にしてる場所でテントを張ることになりました。
お昼ごはんまだなのに、食料器具を背負ったポーター現れないpunch
Hassanは薪を集め火をおこし、ポーターの鍋でお茶を煎れ、インスタントラーメンを作ってくれました。
テントを背負ったポーターが着いたのは15時近い時間でした。
 
A29_2 
モレーンの丘に登って「ヤッホー」って叫んだ。
ヒマラヤ山脈の奥まで響く、史上最高のコダマが返ってきた~感動heart04
 
A1     
キッチンテントにお邪魔して、お料理を見学しながらおしゃべり、彼らの英語はBroken Englishだから私の英語力でも充分、あとは手振り身振り表情でコミュニケーションが取れます。楽しいnote
ティパティーを伸ばす作業をやらせてもらいました。
アタ(ティパティ粉)を水で捏ねたタネを専用の板と伸ばし棒で丸く平に伸ばし、最後は両手の平に交互に叩きつけるように伸ばしていき、フライパンで焼く。
丸く平均的に伸ばすのは難しく、楕円になってしまうのよねぇ~bearing
 
キッチンテンとで夕食して外に出ると、相変らず空には雲が広がり肌寒い
今宵も星空は見られないだろうdown
 
 
5月27日  マンビホーラ~ボロチョ
 
HassanにMorning teaで起こされ、朝食が終わって身支度しているとポーターが集まってきました。彼らはどこで寝たのでしょう?天気が良ければその辺で持参の毛布に包まって野宿するそうです。荷物の他に自分の寝具(毛布・寝袋)と食料を背負って歩くのです。
 
6:37 今日も先に歩き出す。
暫くするとモレーン歩きになり、1時間でテン泊予定だった場所に着きました。
丸く積まれた石はポーターの寝床です。
 
A30_2 
白い氷河が見えてきたよ~up 
 
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厳しい自然の中でも可憐な花を咲かせる植物達
写真右上:ユキノシタ 花はこれから咲く 
 
A31 
我らのポーター 今日は直ぐに追いつかれました。
 
240 
夕べ、標高が高い所は雪が降ったのでしょう、5cm程積雪がありました。
 
242 
モレーンの窪地、斜面歩きが交互にでてきました。
 
A33_2   
11時過ぎ、広く平らなモレーンでランチ、軽いけどかさ張る椅子とテーブルこれって必要sign02
って思うけど、エージェントが用意した自慢のおもてなしなので断れないよ~catface
何とも贅沢な光景、ここヒマラヤよsign01 モレーンの上よsign03 そんでマンゴーよup
 
A32    
12:30 石がきっちり積まれた柱がありました。それは氷河へ降りるための目印です。
 
255_2 
ザレた急斜面を慎重に下ります。
 
A34 
私達は今、氷河の上を歩いているんです。happy01
黒く見えるけど黒い土砂の直ぐ下は氷、モレーンじゃ無いのです。
 
261  
ほら、真白い氷河が荒波のようwave
 
264  
15:10 水があるテントを張れる場所を探しながら歩き、予定した場所よりずっと手前をテン場としました。
雲行きが怪しいと思ったら、17時頃雪がチラつきはじめた。
おそらく、この地点で富士山と同じ標高でしょう。
 
266  
食事まで、明日のために、シュリンゲとカラビナで簡易ハーネスの作り方とロープワークの練習と確認をしました。明日は念のためアイゼンは自分のザックに入れるように森さんに言われました。
夕食後、寒いのでシュラフにもぐりこみサッサと寝てしまいました。
 
 ・・・・・まだまだつづくよ
 

 パキスタン「チョゴルンマ氷河」への旅 その4 トレッキング編

スパンティークBCが見えたぞ~up
 
295
 
 
5月29日 ボロチョ~ボロチョエリア標高4100m辺り
 
気温‐1度、起きると雪は止んで青空
ポーターは雪降る中、石を積み上げた柱にシートを低く張り、石を積んだ竈で焚き火をして休んだのです。
 
A35 
7:10 元気に出発  どうですこの美しく壮大な景色
夕べの雪が白い世界を演出し見た目は美しいが、歩くのはやっかいです。
 
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8:45 テン場予定だった場所に着きました。ポーター用の石積みがあり、300mほど奥の沢に温泉がわい出している場所があるのだそうです。
 
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ここでポーターが揉めていました。雪が降ったので足場が悪く思うように進めない、真っ白い氷河の小さいクレパスの上に積もった雪を踏み抜き滑落危険がある言うのだ。
7年前はこの辺りから真っ白い氷河の上を歩いてスパンティークベースキャンプまで行けたそうだが、今年も多分これから先も、この地点での白氷河歩行は厳しいでしょう。
1時間程もめて、行けるところまで行くが、荷物を制限しデポしポーターを二人ここに荷物番として置いていくことになった。
ポーター達は小高い場所で安全を祈る歌をアラーに捧げました。
 
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雪上を歩き、小さなクレパスを用心深く超えます。
登りになるととたんに足が重い、頭は痛くないけど空気が薄いのを感じました。
 
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Hassanが私に「Present for you!」と差し出したのはエメラルドのでっかい原石
この辺りには、エメラルドやルビー等の原石がゴロゴロ転がっているのです。
軽いザックを背負って歩くのが精一杯なのに、こんな重いもの持って歩ける訳も無いhappy02
 
283_2 
ヒマラヤバックに休むパーティー 絵になるねgood
 
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雪は時々膝まで、たまに腿まで沈み、行く手を阻みます。
 
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12:40 ランチタイム、グリーンティーで「スパンティーク」に乾杯~
 
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少しでも「スパンティークベースキャンプ」に近づこう、アップダウンを繰り返し進む。
 
A38  
14:45 テン場を探しながら歩き、崖下に氷河池がある場所に決定
ポーター達は、せっせと石を動かし土手を作り整地してテントを設置してくれました。
思わず「Good jobsign01と叫んで拍手。
 
A39   
標高4100m程と思われるこの場所で10m登るのは簡単じゃない、
重い足を一歩一歩前に出してザレた斜面をジグザクに登るのですからsweat01
10m程登って見下ろすとその立地が良くわかります。崖っぷちじゃ~shock
 
304 
目の前に当初の最終キャンプ地「スパンティークベースキャンプ」が見えているのに遠い
「せめて白い氷河の上を歩かせてあげたい」森隊長の思いは叶いません
「面白くねえなぁ~」隊長は呟きました。
 
夕方、また雪が降り始めました。
夕食に日本から運んだ「インスタント日本蕎麦」を作りました。
「う~ん 美味しいheart02」お醤油の味がアミノ酸が身体にしみ込んでいくhappy01
お蕎麦を食べた後、Hassanのカレーも食べました。
 
 
5月29日 ボロチョ4100m地点~マンビホーラ 
 
5時、気温0度 テントアウターは凍り、氷河池は薄氷が張っていました。
先に進むことなく戻ります。朝食をすませたら、いつもの様に先に歩き出します。
荷物が軽くなったポーターは、あっと言う間に私達を追い越し先に行ってしまいました。  
名残惜しく時々振り向きながら歩いていると、斜面上の方に鹿がいました。
 
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エメラルドの原石があった氷河ルートとは違う、氷河に流れ込む沢を渡るコース
午後からは雪解けで水量が増すため、早朝ででなければ渡れないのです。沢は大きく口の開いたクレパスへと流れこみ、もし落ちたら流れが速いため助けるのは困難になります。
 
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流れが速いため、沢を渡るのは慣れている私でさえ緊張しました。
 
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昨日、荷物をデポした場所へ着くと、ポーター達が朝食のチャパティを焼いてました。
温かいグリーンティーをご馳走になりました。少し泥臭い味がしてけど加熱してあるから大丈夫cafe
放牧の牛たちが草を求めてウロウロ、飲料用の水を取る池に一匹の牛が降りてきました。
ポーターは石を投げて追っ払うけど、牛だって水が飲みたいのよね
 
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氷河でジャンプ~
 
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Ishaqと一緒にジャンプ~ 
 
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クレパスがいっぱい
 
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今回の危険度一番 35度はあるであろうザレた斜面をアンザイレンで登る。
 
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足を置くとザラザラ落ちる土、トップのHassanがピッケルでステップを切りながら道を作ってくれる。喉カラになる怖い斜面、ポーターは大きな荷を背負ってドンドン上ってきます。
 
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二日前にお昼を取ったモレーンでランチして、先を急ぎます。
14時ごろ雨が降ってきました。シトシトと降る雨の中テン場を目指して復路を進むだけ
予定したテン場にはポーターは居らず、どこまで降りたのsign02
私達はポーターが居る場所まで降りるしかないのです。
歩くのに飽きた頃、放牧の牛小屋のある「クルマル」にポーター3人が居ました。
やっと着いたと思いきや、彼らは「クルマル」のお祈りの部屋を使うためにいたのでした。
はぁ~テン場はまだ先なんだcoldsweats02 雨に濡れた指先が冷たい、傘をさしました。
 
結局、最初にテントを張った「マンビホーラ」でポーターが待っていました。
2日間かけて歩いた道を1日で下ってきたのです。
行動時間10時間30分 身体は冷えきり疲れていました。
Hassanが煎れてくれた温かいグリーンティに砂糖を入れて飲むとお腹がホワッとしました。
森さんがテントでガスを点けてくれたので、濡れた物を乾かし暖を取ることができました。
 
夕食を食べたら、シュラフに入って夢の国へ
夜中、いや明け方でしょうか、枕元で大きな鼻息、次にジョワジョワジョワ
牛がテントの側で排尿したのです。
こりゃたまらん「牛、シッシッあっち行け」と声を出しておっぱらいました。
翌朝、Mieさんとこの話で大笑い、でもね、この土地は水はけの良い砂地、多量の尿は大地にサラッと染み込み、テントに流れ来ることは無いのです。もともとここは牛の縄張りですから「牛さんゴメンナサイね」です。
 
5月30日 マンビホーラ~アランドゥ~チュトロン
 
トレッキング最終日、雨は上がり天気は回復
6:30出発、テン場を出て直ぐに、放牧に行く牛、羊、ヤギの群れとスライド
私達が牛を避けて歩きます。特に子牛には近づかないようにしないと、母牛が襲ってきます。
子ヤギを抱いた少女にカメラを向けたら拒否されました。
 
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8:15 アランドゥ東の村が見えてきました。
 
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「ヒマラヤローズ」が満開です。
 
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男達は山から降りて来る時、花を頭に飾るそうです。私も真似て帽子に飾りました。
森隊長すっかりパキスタン人、黙っていたら現地人と間違われるわよhappy01
 
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東の村の橋の袂に荷物だけが置き去りされポーターの姿が無い、ポーターは我家に一度帰りお祈りをしているのです。お祈りの音楽が流れていました。
橋を渡って、川原を歩いていると、「ヒマラヤカメレオン」が石の上で日向ぼっこしてました。
 
A45
 
アランドゥまでもう少し、東の村へ帰る女性達とすれ違いました。
女性は「ヒマラヤローズ」を頭に飾っていました。
 
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11:30 アランドゥ到着 5泊6日トレッキングは終わりました。
ZaminとEmernが迎えに来るまで、ゲストハウスでひと休みです。
ちゃんと子供たちが集まってきます。やっぱり最初は男の子、次に女の子
 
444  
何も無いよとジェスチャーして、部屋に入りました。
子供たちはHassanやポーターに追い払われて、やっと静かになったところで
インスタント袋麺「カレーうどん」を私が作り食べました。
 
13:00 Zaminがペプシを持って迎えに来ました。
まずは皆でランチし、その後ポーターへ報酬を払います。
これがそう簡単にいかないのがパキスタンポーター、自分はずーっと重い荷物を運んだから沢山くれだの、食料運搬の人は段々軽くなるんだとか、あーでもない、こーでもない、と話し合うこと1時間、この間その様子をじっと待つしかない私達
 
「あ~面倒くさいパキスタンのポーター」
 
最初に契約したのでいいじゃないの、森隊長からボーナスも出たんだから
他の国ではこんなに揉めないのだって、パキスタンだけらしい
彼らにとってはポーターの仕事を2回すると1年分生活費になるのだから少しでも多く貰いたい訳で、必死なのかもしれません。貴重な現金収入ですものね
 
話し合いがついたら森隊長の出番、7人ひとりひとりに現金を手渡し握手し無事終了 
15:00車に揺られて「チュウトロン」へ向かったのでした。
 
                                   ・・・・・つづく
 

「パキスタン「チョゴルンマ氷河」への旅 その5

これが世界の屋根「ヒマラヤ山脈」

 
542
 
 
5月30日 アランドゥ~チュウトロン
 
15:00 迎車に乗り、温泉のある「チュウトロン」へ 
いつも山旅の終わりは寂しい、「終わっちゃったね」つい呟いてしまいます。
あの山の向こうをさっきまで歩いていたのが夢のよう
 
「さよなら、チョゴルンマ氷河」
 
450  
村々を通ると大勢の人が歩いていました。今日は祭日だそうです。
ジープの荷台に溢れんばかりの人、完全定員オーバーannoy
 
455  
一本道の先に温泉が待ってるぅ~
 
457 
17:10 「チュウトロン」着 
お部屋掃除の最中、お茶を飲んで一休みした後、荷物を部屋に運んでお風呂へ
 
「おいおい、今日のお湯は白く濁っておるぞ~」
 
前日、宿泊客が沢山いたからだわ、6日振りのお風呂、贅沢は言えません
頭も身体もごしごしと石鹸とシャンポーで洗って排水口にドボン
仕上げは、給水口のお湯を掛け湯して完了
 
「あ~さっぱりした」good
 
部屋で洗濯していると、この村から一緒に行ったポーターQasamが、ニコニコしながら子ヤギを連れてやってきました。手招きされましたが洗濯で忙しいので笑って誤魔化しました。
 
森さんがお風呂から上ってきて、ヤギを締めてるから見に行こうと言います。
さっきのヤギがそうだったんだ、しまった写真撮り損ねたsign01 
トレッキングで子ヤギを買って歩かせ、最後は皆で食べるはずでしたが。「マンビホーラ」でヤギを買おうとしたら倍以上の値段で吹っかけてきて、Hassanは怒って買わなかったのです。
 
ヤギの解体を見に行くと、すでに頭を落とされ木に吊り下げているところでした。
皮を首の方からナイフで剥いでいき、最後は足を切り落とす。
ヤギの皮は水筒にしたり、「ヤク」という舟を作る材料になるそうです。 
「子ヤギ1匹解体手数料入れて8000ルピー」
 
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そうして、子ヤギは私達のお腹におさまったのでした。
ヤギの肉は初めて食べたけど、癖が無く食べやすく美味しいかったぁ~delicious
 
写真右上:もも肉から揚げとレバーのから揚げ 写真下;子ヤギのカレー
 
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その夜、眠れないのでヘッドランプで本を読んでいたらお腹が痛い、嫌な予感がして本を持ってトイレに行くと出られない状態になりました。shock
長いこと座っていたら何とか治まり、正露丸を飲んで寝ました。
 
翌朝、森隊長に話すと下痢止め薬とホカロンをヘソの下に貼るように手渡されました。
なんとHassanもdiarrhea(下痢)だったってさ~、パキスンタン人だって下痢するんだもん私がなってもおかしくないよね。
 
もうひとつ身体に異常発生、手の甲にポツポツ、足の付け根にポツポツ、何か痒い
用心して、自分の寝袋で寝たのにダニに噛まれた。本を読む時出していた手と首辺りを中心に噛まれていました。同じ部屋でホテルの布団で寝たMieさんは噛まれてないのにぃ~weep
 
5月31日 チュウトロン~スカルド
 
ここで皆とお別れ、Hassanには嬢さんに折り紙、Ishaqには青いバンダナをプレゼント。
二人にはとっても良くしてもらって感謝してる。「Thank You」ってハグしたらとっても照れてました。こちらの国で奥さん以外の女性とハグすることは無いからね。
 
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7:53 チュトロン出発 11:30スカルド「マッシャブルムホテル」着
HassanとIshaqいるじゃん、ハハハハ!こまで一緒だったのね、あ~勘違い
一緒にランチして、今度はホントのお別れ、もう一度ハグして「さよなら」しました。
 
A48
 
午後から砂嵐が来るので、バザールの買い物は夕方から、それまで部屋で洗濯したり読書したりして過ごしました。。
Zaminが迎えに来てお買い物へ、今日の砂嵐は小さくてマスク無しで大丈夫です。
お目当ては「フンザハニー」「アタ(チャパティー粉)」「カレー粉」、店先で見た「グリーンレーズン」1kgを思わず追加購入、食料品はイスラマバードより断然スカルドの方が安い、あれこれ買いたくなったけど我慢、我慢
 
A49  
森さんが民族衣装を買うために立ち寄った洋品店で、こんなTシャツ発見
???「ちかくりいかにそ」京都にそんな店あるのか?
壷にはまって笑いが止まらない、涙チョチョ切れました。 
 
476  
 
6月1日 「Kharpocho Fort」
 
ホテル警備のアーミーが護衛と称して、バイクでついてきました。
バザールのメイン通りは車が大渋滞、なかなか進みません。
運転ヘタクソがひとりいると、とたんに詰まってしまうのです。
「Kharpocho Fort」は町を見下ろす丘にあり、16世紀の終わりに王アリシェールによって造られた砦です。
 
494 
10分程ザレザレの急登をゆっくり歩いて、木戸を潜ってチョキザル(門番)に200ルピー払らいます。(外国人のみ)、石積城壁は風化が進みあちこち崩落し、ペットボトルやスナック菓子の袋等のゴミが散らかっていて汚い、昔牢獄だった部屋は崩壊が進み埋められていました。観光できる一段上は軍の砦になっていて入れないのですが、特別に登らせてもらいました。但し写真NGです。
一緒に来たアーミーは初めて登ったと喜んでスマホで写真を沢山撮ってました。
 
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スカルドの町と悠々と流れるインダス川、遠くに雪を被ったヒマラヤ山脈
 
 
A51_2 
次に訪れたのは、Zaminの奥様が校長先生を勤める小学校
低学年は赤い制服、高学年は青い制服、母国語のブルドゥー語と英語を学んでます。
赤い制服の子供たちが「Good morning mam」と声を揃えてご挨拶、可愛かったわ
 
A52  
ランチは町の食堂、バザールから路地を入った小さなこ汚い店、こういう店が旨いんだと森隊長上機嫌up
美味しかったけど、小学校で出された「春巻き」やら「フライドポテト」を食べたばかりでご飯を半分お残しちゃいました。
 
A53 
スカルド最後の観光は「シャングリアリゾート」元は大統領の別荘だったのをホテルにした高級リゾートホテル、コテージもあります。お値段は1泊素泊まり12000ルピー、お金持ちが泊まるリゾートホテルです。
ガイドブックにはかなり良さげな紹介がされてますが、料理は高くて美味しくないと、森隊長とZaminは言っておりました。
 
532  
6月2日 スカルド~イスラマバード
 
砂漠の飛行場から1時間でイスラマバード、帰りもカラコラムハイウエーを2日かけて帰るなんてゴメンだったので、飛行機が飛んでくれてホント良かったぁ~up
1日1便、イスラマバードから飛んで来た飛行機ですぐにとんぼ返りします。
スカルド空港には格納庫がなく、軍の空港を使わせてもらっている感じです。
空港にはアーミーだらけ、だから写真NGsweat02
 
ヒマラヤ山脈のすぐ上を飛ぶので機窓からの景色が素晴らしいheart04
カラコラムハイウェー・インダス川・ヒマラヤの山々 What a miracle!
 
540_2  
機内で後ろの席になった一家と親しくなり、中学生くらいの女の子と仲良くなりました。
名前を書いてとせがまれ、FBのアドレスと可愛い髪留めを貰いました。
帰国して、彼女のFBに友達申請したけど返事はまだありません。
そういえば、あちこちの観光地で十代の女の子は「Hello!」と声をかけて握手を求めてきます。
外国人が珍しいのか、好奇心が旺盛なのか、疑問です。
だってこっちは日本人のおばさんですよsign02
 
イスラマバード空港にZaminの父Changaziさんが迎えに来てくれました。
ホテルに行くと予約していたのに満室で断られ、アルコールは手に入らない
イスラム教の国でアルコールを手に入れるのは至難の業です。高級ホテルに泊まれば別ですが。
蛇の道は蛇、ドライバーの手腕であちこち走りまわり、ロシア製ウイスキー1本とビンビール10本をゲット、ちなみにビール500mlx10本 3000ルピーでした。
 
今回もゲストハウス泊、冷蔵庫があるのでビールを早速冷やします。
前回泊まったゲストハウスより綺麗でエアコンがありました。でも頻繁に停電するので使いませんでした。
時間があるのでフリースを洗濯、そしたら洗濯水が真っ黒、やっぱりねpunch
 
森隊長をパキスタンアルパインクラブのKarrarさんが尋ねていらっしゃいました。
ヒマラヤグリーンクラブとの繋がりで日本にいらしたことがあり、森さんとは長年のお付き合いだそうです。登山やトレッキングの許可をいただく祭、ご尽力くださるそうです。
森隊長の交友関係は広く深く、そのお人柄が人を呼び寄せるのでしょう。
 
夕食はゲストハウスで、チキンカリーとナンとサラダ、毎度同じメニューだけど飽きない
特に「チキンカリー」は美味しくて~美味しくて~それに今夜はビールbeerがあるしねwink
 
                        ・・・・・・・・まだまだつづくよ
 

パキスタン「チョゴルンマ氷河」への旅 その6 観光編

6月3日 イスラマバード観光

 
サルワーズ・カミーズを着てスカーフを巻きモスク見学 
これがパキスタン自慢のモスクです。
 
543 
入り口で靴を脱ぎ、裸足で歩きます。
パキスタンではお祈りのことをプレイと言います。遊びでなくお祈りです。 
熱心なイスラム教徒は1日5回プレイします。手足顔を洗い清めアラーに祈りを捧げます。
そのためモスクの一角にはその設備があります。トルコ旅行の時も同じものを見ました。
水が無い所でお祈りの時間になったらどうするかって疑問でしょ!
その時は、ペットボトルの水で清めるんですよ、用意万端です。
 
見学していると、プレイの時間ですからとChangaziさんとドライバーは姿を消します。
そんなことはしょっちゅうなのですでに慣れっこです。
 
街に戻り、バザールでもう一枚「サルワール」を購入し、広場でハンバーガーランチ
イスラマバードにはマクドナルドもサブウェイもあるんです。
でも私達が食べたのはどちらでもありません。
広場にでっかいテントというよりタープが張ってありその下にテーブルと椅子があります。
注文をして座ろうとしたその時、突風が吹き、テントが大きく波打ち吹き飛ばされそうになりました。店員は慣れた手つきでテントをたたみ何事も無かったようにしています。
慣れているのでしょうが、こちらはびっくりです。
 
 
次の観光は「タキシラ博物館」
 
シルカップ遺跡と隣接し、遺跡から発掘された遺品やレプリカが展示してあります。
館内は撮影禁止、見ていると係員のおじさんが英語で説明しながら付いてきます。
時々日本語の単語も発しとても親切、一般は入れない部屋にも入れてくれます。
そして 「Pictuer OK!」 と言うのです。
しかし~そこで写真を撮ってはいけません、彼はお金を請求してきますので要注意です。
森隊長は一度その手で騙されたそうです。
 
546 
時間がなくて、遺跡はを見てまわれませんでした。
もし、また来られたら遺跡を歩いてみたいわhappy01
 
宿に戻り、お土産のスカーフを買いたくて森隊長とバザールへ散歩がてら行きました。
薄いコットンのスカーフは日本の夏、冷房が効いた場所で大活躍すること必須
 
店員「スカーフ10枚でどうだ、お土産にいいよ!安くするよ!」
私  「そんなに要らない」 
店員「それじゃ5枚」
私  「要らない、3枚でいい」
店員「それじゃ、シャルワールとポーチとスカーフ3枚でどう、スペシャル価格だよ!」
私  「しつこいな、不要な物は要らん、スカーフ3枚でこの値段にして」電卓たたく
店員はこんなにお得なのに何故買わないという顔
こんな感じで3枚購入、日本人だと高く吹っかけてくるので、絶対値切らなくちゃダメよ。
 
バザールをブラブラして初日にサルワール・カミーズを買ったお店に行き、
「また来たよ、Do you remember me?」そう言って白いカミーズ(ボトム)を値切り店内を見てたら「パキスタン猫」を発見
 
Neko   
猫の置物に目が無い私、早速値下げ交渉
耳と目の所にキズがあったので綺麗なの猫が無いならマケテと値切りました。
この駆け引きが面白くて癖になりそうhappy01
 
 
6月4日 パキスタン観光、Karrarさん案内
 
エージェントChangaziさんの次男が訪ねてきました。
イケメンの彼は大学生、今は夏休み、どうやら父親に代わりに同行するように言われたようです。 
 
約束の時間が1時間以上過ぎても来ないKarrarさん、交通渋滞に捕まって遅れたとのこと
今日はメトロバス一部開通の式典で交通規制があったのです。
Karrarさんの車はスズキの軽、それに5人乗って出発
着いたのは、小高い丘にある「パキスタンモニュメントパーク」
360度街を一望できます。
イスラマバードは1959年にカラチから首都を移し、1961年から開発が始まった新しい首都
ちょっと前までジャングルだったそうです。
 
552  
花びらをイメージしたモニュメント 昨日買ったサルワール・カミーズを着てます。
 
A54 
次に向かったのは「Lake View Park」
整備された広い公園の中はたくさんおの花が咲き、ラウォール湖でボートや足漕ぎボートに乗ることができます。「Bird Aviary」鳥の動物園(有料)もあります。夕方になると人々が涼みに集まってくるそうです。
 
最後はKarrarさんのご自宅訪問、小さな中庭を囲むように部屋がある家でした。
目的はヘナアートを書いてもらうためです。奥様はヘナアートのお仕事をしてるそうです。
私は娘さんに書いてもらいました。 
節くれだった汚い手ですいません、写真左上が書いてすぐ右下が翌日です。
1週間で完全に消えます。
「息子達は私の手を見て怪我したと思ったよ、早く消したほうがいいよ!」と言ったのよannoy
 
A55  
お昼をご馳走になって、一緒に写真撮ってお別れしました。
楽しい時間をありがとうございましたKararrさん
 
パキスタン最後の夜、夕食は街でする予定でしたがChangaziさんが1時間半過ぎても来ません、お腹は空くし待ちくたびれていたら、ホテルの従業員が夕食を持ってきました。
メトロバスセレモニーで交通渋滞、規制も厳しいのでホテルで食べて下さいと電話をしてくれていたのです。それならそうで、電話があった時点で伝えるのが先でしょ!
と怒ってみてもしょうがない、待ち合わせしても30分1時間遅れるのは平気なお国柄です。
癖になるほど美味しい「チキンカリー」を「ナン」と共にいただきました。
 
明日は超~早起き 2時にモーニングコールをお願いして就寝sleepy 
 
 
6月5日  帰国
 
3時Changaziさんの迎車でパキスタン空港へ 森隊長とここでお別れです。
森隊長は、後続の登山隊と「コーセルグンジュ」へ登るためイスラマバード滞在です。
 
4:15発 エティハド航空アブダビ行
6:40着 アブダビ空港
アブダビ空港で待つこと15時間25分 行きより長いぞpunch
学習済みの私達は待合室の丸いソファーを占領し、機内のブランケットを持ってきました。椅子だとお尻が痛くなり肘掛がじゃまで横になれなく、冷房が効いていて涼しいのです。
航空内はハンバーガーショップ、飲茶、ピザ等が食べられるフードコーナーもありますが、何でもお高い、アメリカンコーヒー1杯4ドル、サンドイッチ8ドルでした。
本を読んで、寝て、また本読んで寝て、お腹がすいたらサンドイッチ買って食べてと時間をひたすらつぶしました。
 
22:05発 エティハド航空成田行
機内は空いていたので二座席を一人で使えました。
偶然にも一昨年のトルコ旅行添乗員さんと再会、彼女は勿論仕事で乗ってきたのです。
こんなことってあるんですねぇ~
 
6月6日13:15 成田着 
パキスタン「チョゴルンマ氷河トレッキング」の旅は終わったのでした。
 
森隊長、お誘いいただきホントにありがとうございました。
ツアーには無い色々な体験をさせていただき、心に残る、素晴らしい旅でした。
またパキスタンのヒマラヤトレッキング行きたくなりました。
 
                              ・・・・・・・・・おしまい
 
 

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